集落とまつりのなかにある食文化05

お稲荷さんには油揚げではなく●●!? 芦北町古石の稲荷祭

熊本県南部に残る、祭りや暮らしに根付いたマニアックでユニークな「食」を紹介するこのコーナー。またまた今回も、熊本県の南部、芦北町のお祭りについてです。

と言っても芦北もとても広くて、前回登場した大岩地域からかなり離れている「古石」という地域の古田地区にお邪魔してきました。

さて何のお祭りかというと、2月の最初の午の日に全国的に行われている『初午祭』とも言われる『稲荷祭』。稲荷神社は「おいなりさん」と呼ばれたりもして、みなさんの町にもきっと必ずあるよく目にする神社ではないでしょうか。稲荷神社では家内安全だったり商売繁盛だったり、いろんな願い事が叶うと有名ですが(知り合いにはなくした物が見つかる神様!と言う人も)実は元々は農耕の神様だったようです。

私は水俣の嫁ぎ先でも坂本の実家でもお米をつくっているので、よし!お稲荷さんに今年の米作りの豊作を祈ってこんばんね!(八代弁で失礼)と意気揚々と古田地区へ向かいました。

毎年2月の初午の日に行われる稲荷祭。今年は2月9日でしたが、古田地区では旧暦で稲荷祭を行うため、3月4日がその日にあたりました。個人的に祭りは旧暦!と思っているので、旧暦開催はとってもテンションがあがります。
祭り自体は夜7時から始まるとのことで、前夜祭でもないのに珍しいな…と思いながら、(後にその理由が分かる)まだ明るいうちにお稲荷様を見たかったので、少し早めに伺いました。
古田地区のお稲荷様は、農家民宿「縁(えにし)」として有名な有吉さんの御宅の敷地内に鎮座しています。

ほら、お稲荷さまと言えば!やっぱりキツネがいました。

古くより稲荷神社を象徴する動物はキツネとされ、お供えものはキツネの好物の油揚げや、いなり寿司等と聞いたことはありませんか? さて、今回の古田地区の稲荷祭、一体何がお供えされるのでしょうか。ワクワク、期待が膨らみます。まあやっぱり、定番のいなり寿司なのかな~♪ 私、おいなり大好きなんだよな…へっへっへ。と、頭の中はすっかりいなり寿司一色。

いやしいことばかり考えていると、今回偶然にも祭りの「座」(お世話役)を担当される有吉さんが祭り開始前にとても貴重なものを見せてくださいました。

「稲荷祭順番控帳」と書いてありますが、なんとこの稲荷祭に関する規程や座の担当者名が昭和3年のものからしっかりと記録されているのです!

す、すごい!とても貴重な史料です。約90年前の記録を見ることができるなんて~!と、大興奮してしまいました。

さて、祭りの時間が近づいてきたので、会場である地区公民館へ向かいます。

「座」を担当される有吉さんが一人で準備をすすめていきます。
まずは、この稲荷祭と11月のお祭りの時の年2回しかお披露目されないかけじくを掛けます。

はい。かけました。って思っていたよりもえらい控えめな可愛らしいかけじくでした。(笑)
隣に貼ってある、「土砂災害のおそれのある区域図」の方が目立っています。
いや、だけど、こちらも大事なものですね。

ほら、ちゃんとキツネもいます。

さきほどの古い記録にも書いてあるようなのですが、かつては「座」の人がこの祭りのために煮しめや赤飯、吸い物、酒に米に…といろんなものを準備しなければならず、とても負担が大きかったため、近年では簡素化しているそうです。飲食物は各家庭から1品持ち寄り制となっています。今回、有吉さんは奥様手作りのお赤飯を用意されていました。

それでも「座」の人が必ず用意しなければならない、ある食べ物がありました。それだけは、昔からずっと変わらない、大事な大事な、この「稲荷祭」のメインのお供えものです。

さあ、それは何かと言いますと…

じゃーん! はい、これがそう。なんと「お豆腐」なのです!
お豆腐一丁、お神酒と一緒にかけじくの前にどーん!っとお供えされました。

そしたらまずは、「座」の有吉さんがしっかりとお詣りをします。
よし!これで祭りの準備は整ったようです!(笑)

開始時刻の19時をまわり、続々と集落のみなさんが集まってきます。現在は10軒ほどでこのお祭りを行っているそうで、この日は8名集まるとのことでした。みなさん、公民館に到着したらまずは、お稲荷さんへ詣ります。

豆腐に

向かって

一礼…

違います。お稲荷さんでした。だけどもう、豆腐しか目に入ってきません。なぜ、どうして豆腐一丁なのか…はやく理由が知りたくてたまりません。

さて、豆腐に気をとられているうちに、テーブルにはみなさんが持ち寄った品々が並んでいました。

えっと…ガッツリ酒のつまみばっか!あんたら飲む気満々やないかい!(笑)

とまあ、祭りの醍醐味はこれですよね。気のおけない仲間たちと時間を気にせずとことん飲む! 昔の人たちも、実はそのために祭りを始めたのではないかなあ~と、思ってしまうことがあります。

ね、豚足ですよ、豚足。
まさかムラの集落のお祭りで、豚足と出会うとは思ってもいなかった!(笑)
それにしてもみなさん、本当に楽しそうに飲まれます。

こういう時に、集落の団結力というか、普段の暮らし方まで見えてくるから不思議です。
いい感じに酔いがまわってきた頃、昔のお話もたくさん聞かせていただきました。
ここにいらっしゃるみなさんのお父さんたちの代の頃は、このお祭りに30人くらい集まっていたそうです。その頃は女性の参加も多数あったけど、今は飲みたい父ちゃんたちしか集まらなくなったんだとか。(笑)

また、ここ古田地区ではかつて十五夜の綱引きや相撲も行っていたし、川祭りもやっていたそうです。残念ながら今はもうされていないとのこと。当時の様子を懐かしそうに語ってくださいました。

さて、そろそろお開きかな~という雰囲気になり、な~ん、稲荷祭という名のただの飲み会たい!これじゃレポート書けんばい!と一人心の中で呟いていたところ、「座」の有吉さんが何やら怪しい動きを始めました。

…あの、お供えもののお豆腐に手を出した!

それを箸で切った~!!!しかもかなりワイルド~!!!

そして、参加者全員に分けて、みんなでいただきます。

もちろん、私もいただきました。「醤油ばかけて食べなっせ!」と言われたので、そのようにさせていただきました。

みなさんも美味しそうにお豆腐を食べます。

この儀式は毎回必ず最後に行うそうで、これがこの古田地区の稲荷祭で古くから続いている、大事な恒例の儀式なのです。本来であれば、お稲荷さんなので油揚げ等をお供えするものですが、みんなで分けやすいように古田地区では「お豆腐」をお供えしているのだとか。最後の最後にようやく、どうしてお豆腐一丁が供えられていたのか分かり、スッキリ!

すっかりできあがった古田地区のみなさん、『あんた、集合写真ば撮ってくれんね!』とのことで、はいもちろん喜んで!

里山のムラではなくなっていく祭りや行事が多いけれど、一方で今もひっそりとこぢんまりと、少ない人数でも和気あいあいと楽しく行われているものもあります。

昔のやり方よりも随分、簡単になってしまったかもしれないけど、祭りを続けていくためにはそのような工夫も大事ですよね。やめてしまうより、形を変えても細々と途絶えさせることなく続けていくことの方が私はベターかなあと思います。今回の古田地区の稲荷祭にお邪魔して、より一層、そんなことを思いました。

今後も熊本の主に県南地域に残る、祭りや暮らしに根付いたマニアックでユニークな「食」をご紹介してまいりますので、よろしくお願いしますっ。

この記事を書いたひと

坂本桃子

2019年3月まで八代市坂本町(旧坂本村)に住んでいましたが、現在は水俣市の旧久木野村へ。
ふるさと坂本をこよなく愛し、ケーブルテレビの仕事を通じて知り合った地域のじいちゃんばあちゃんの家に勝手にあがって縁側でお茶をすることが一番幸せを感じるとき。
自称、「集落の奇祭研究家」。明日はあなたのムラのマニアックなお祭りにお邪魔しているかも。現在は、主人が発行している『水俣食べる通信』の広報部長も務めています。

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